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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)102号 判決

原告 川嶋耕平

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和四五年八日七日同庁昭和四三年審判第九、六六二号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四二年七月一八日、特許庁に対し、別紙のとおり「SUNCRAFT」の英文字をゴシツク体で横書きした商標(以下「本願商標」という。)につき、商標法施行令第一条による商品の区分「第一三類手動利器」を指定商品として、登録の出願をしたが、昭和四三年一一月二〇日拒絶査定を受けたので、同年一二月二八日審判の請求をし、同年審判第九、六六二号事件として審理されたところ、昭和四五年八月七日審判の請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は同年九月二四日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本願商標の出願日、構成および指定商品は前項記載のとおりであり、これに対し、拒絶査定が拒絶の理由に引用した登録第五八三、一九九号商標(以下「引用商標」という。)は、角ゴシツク体で「SUN」の英文字を横書きしてなるもので、旧第八類利器および尖刃器を指定商品として、昭和三四年一二月一一日登録出願、昭和三七年三月二日登録されたものである。そこで、両商標の類否を検討すると、両者は外観上差異を有することが認められるけれども、称呼および観念の上からみるときは、本願商標中の「CRAFT」の語は、英語で工芸品、手芸品等の意味を有し、今や該語は日本語化して巷間に普通に使用せられていることは顕著な事実であつて、この語をその指定商品(手動利器)との関係においてみるとき、これら商品中の多数には工芸または手芸を施されたものがみられることは、われわれが日常経験するところであるから、該語は指定商品の品質あるいは品位をあらわすものであると認めるのが、経験則に徴し相当である。よつて、本願商標中自他商品の識別標識としての機能を有する部分は「SUN」の文字にあり、これから「サン」「太陽」の称呼、観念を生ずる。他方、引用商標からは、その構成上「サン」「太陽」の称呼および観念を生ずることは明白であるから、両商標は右の点において誤認混同を生ずるおそれのある類似の商標であり、両者の指定商品が互いに牴触することは明らかであるからであるから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号に該当するものとして同法第一五条第一号の規定によりその登録を拒絶した原査定は相当である。

三  本件審決の違法事由

本願商標および引用商標の出願、登録の日、構成および指定商品に関する本件審決の認定は争わないが、本件審決は、つぎのとおり判断を誤つた違法のものであるから、取り消されるべきである。

英語の「CRAFT」の語は、工芸品という意味のほかに、手練、技巧、職業、組合、船など各種の意味をもち、他の語と組み合わされて任意の新語をつくる可能性があることは、AIRCRART(航空機)、CRAFTUNION(職業別組合)あるいはCRAFTPAPER(クラフト紙)の例にみられるとおりであり、原告は、太陽の下を航海する船にかこつけ、明るい商売をする意思をほのめかした寓意的新語として「SUNCRAFT」の語を創案したのであつて、それ自体一つの名前であるから、名前全体が一丸となつて自他商品を区別する力をもつのであり、取引の実際においても「サンクラフト」と呼ばれ、そのように認識されているのである。本件審決のいうように「CRAFT」の語が、商品手動利器について工芸を施した意味で品質品位を表示する語として需要者に理解されているという事実はなく、したがつて、本願商標を「SUN」と「CRAFT」に分離し、「SUN」の部分のみが自他商品の識別機能を有するとして、この部分のみを引用商標と対比し、両者は類似すると判断した本件審決は誤りである。

第三被告の答弁

一  原告の請求の原因一、二の事実は認める。本件審決の判断は正当であつて、原告主張の違法はない。

二  「CRAFT」の語は原告主張の各種の意味をもつが、工芸または手芸の意味で世人一般に親しまれ普通に使用されている以上、工芸的な意匠が施されていることの多い洋食ナイフ、洋ばさみ等の商品を指定商品中に包含する本願商標に接する取引者、需要者は、その商品が手芸または工芸を施した商品であると認識し、理解するものであるといわざるをえない。したがつて、本願商標は、その採択の理由が原告主張のごときものであつても、商取引上「CRAFT」の語を省略して単に「SUN」(サン)印として認識され、「サン」の称呼および「太陽」の観念が生ずることは明らかである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一  原告の請求の原因一および二の事実(特許庁における手続の経緯および本件審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

(本件審決の違法)

二 本件審決は、原告主張の点に判断を誤つた違法があり、取り消されるべきものであること、以下説明するとおりである。

まず、本願商標を構成する文字は、S・U・N・C・R・A・F・Tの各欧文字が、同一書体、同一の大きさ、同一色彩および同一の間隔で、一連かつ一体に記載されており、外観上、各文字の結合は強く、全体を二つまたはそれ以上の部分に分離して観察するのを相当とするような要素は、何も存在しない。

また、右文字からなる本願商標を一つの語として機械的に発音する場合、わが国における欧語の普及の状態、とくに英語の普及の度合いからみて、「サンクラフト」の称呼が生じ、発音上「サン=クラフト」のごとく二つまたはそれ以上の部分に分離して称呼するのを相当とするような要素は、構成上何も存在しないといえる。

そこで、「CRAFT」または「クラフト」の語が、本件審決のいうように、本願商標の指定商品との関係で、商品の品質または品位を表示するにすぎない語として、取引者、需要者間に一般に認識されているかどうかを検討すると、成立に争いのない乙号各証および証人成瀬義幸の証言によれば、わが国においては昭和三〇年前後から、工芸意匠関係の専門家の間で、「クラフト」(CRAFT)の語が、手芸、工芸あるいはデザイン工芸品等を指称する新しい用語として用いられるようになり、それは、「モダン・クラフト」「日本クラフト」「ニユー・クラフト」「レザークラフト」あるいは「クラフト・デザイン」の用例のごとく、工芸、意匠の面におけるある様式ないし傾向を表現する語として使用され、また、「日本デザイナー・クラフトマン協会」あるいは「財団法人クラフト・センター・ジヤパン」といつた当業界の団体が設けられ、東京都の二、三のデパートに「クラフト」の名を付したコーナーを常設して、デザイン的にすぐれた家庭用品等を陳列するようになり、「クラフト」の語が公衆の耳目に触れる機会が増加してきたけれども、一方、「クラフト」という語は、「工芸」という語では表現できない特殊の語感をもち、しかも、専門家の間でも、その用法は必ずしも一定でなく、今日においても、それ自体、語義の曖昧なことばに止まつており、本願商標の指定商品「手動利器」に属する洋食ナイフ、果物ナイフ等の製造販売業者およびその需要者である一般大衆の間において、「CRAFT」「クラフト」の語が日本語と同じ程度によく理解され普通に使用される状態には立ちいたつていない事実を認めることができる。したがつて、本願商標に接する一般の取引者、需要者が、その構成中の「CRAFT」の部分から直ちに当該商品がデザイン工芸品等の品質、品位をもつものであることを直感するということはできない。また、本願商標から生ずる前記の称呼「サンクラフト」は、発音上、音数が比較的少なく、簡明でまとまりよく発音し易いものであるから、簡易迅速を尊ぶ日常商取引上の要求を考慮に加えても、何らかの略称を発生させる余地はないと考えられ、現に、成立に争いのない甲第一号証の一ないし二八二、甲第二号証および前記証人の証言によれば、本願商標は取引上「サンクラフト」の称呼のみを生じている実情にあることが認められるものである。

してみれば、本願商標の構成中の「CRAFT」の語は、近時わが国の意匠、工芸の専門家の間に好んで使用され、日常一般大衆の耳目に触れる機会も増加しているとはいえ、まだ日本語と同程度によく認識理解され巷間に普通に使用されているというには程遠いものであるから、前記のように「語」としての一体性、簡潔性に富む本願商標の構成全体から、「CRAFT」の部分は単に商品の品質、品位を表わすにすぎないとしてこれを分離除外し、残余の「SUN」の部分のみが識別機能を有すると判断することは正当でない。本件審決は、本来分離すべきでない本願商標の構成をあえてことさらに分離して引用商標と対比した結果、このような誤つた判断をするに至つたものといわなければならない。

(むすび)

三、以上説示したとおり、本件審決は原告主張の点に判断を誤つた違法があるから、その取消しを求める原告の請求を正当として認容し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 杉山克彦 楠賢二)

(別紙)

本願商標

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